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2013年3月21日木曜日

【小説】泡になりたい、君と。〈No.5〉

時計の針がちょうど11時を指すのとほぼ同時に僕は家を出た。予備校の授業自体は朝から始まっているものの、僕が担当する国語の授業は、全てが午後の時間帯にある。だから家を出る時間はいつも11時だ。
アパートから駅まで歩いて10分程かかるのだが、外に出ると11時という時間帯が非常に曖昧な雰囲気を纏っているということにいつも気付かされる。朝のラッシュ時には存在しない空気の気だるさと、まだ弱気な太陽が放つ優しさが交錯し、そこに行き交う人々の表情は大抵の場合が穏やかである。僕も恐らく例の通りだと認識している。


僕がいつも使ってる駅には快速が止まらない。ただ、そもそも快速の本数自体が少ない私鉄なのであまり気にはならない。今日もいつも通りの各駅停車に乗車した。電車の中には僕を除いて3人。僕以外は恐らく推定60歳以上で、それぞれが一両の車両の中で程よい距離をとって座っていた。僕はひと通り車内を見渡した後、その几帳面なほど程よい距離感で座っている60歳以上の方々に敬意を表し、目的地までの10分間は立っていようと決心した。電車の中は日差しが差しこみ、予想以上に温度が上がっていた。その温度は昨夜のことを思い出し、慎重にそれを吟味するには幾分、不都合な環境だった。僕は思い出すのも、考えるのも止めて外の景色に目をやった。相変わらず、外の景色は11時という時間帯のそれであった。


不安定な木曜日、ノムラカズユキ