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2013年3月14日木曜日

【小説】泡になりたい、君と。〈No.4〉


朝はいつも唐突である。それは夢の終わりを告げ、新たな現実世界へ僕を突き落とす。
得体のしれない生ぬるい感覚が脳内をゆっくりと移動し、喉の方へ下降していく。
狂おしい程の喉の渇きをその生ぬるい感覚が、僕の喉を嘲笑うかのように確実になぞってゆく。


「人間ってのはよ、一番好きな人とは結婚できないものなんだよ。人はな、決まって二番目に好きな人と結婚するんだ。それはお互いにとっても良いことらしい。詳しいことは分からんがな。でもとにかくそれがお互いにとって良いことは確からしいんだよ。そしてたぶんそれは悲しいことでもないんだと思うんだ、俺はな。」


僕はこの話を昔、どこかで聞いた。初老のおやじが酒の匂いを吐き出しながらガラガラ声で僕にいきなりそう言ってきたのだ。覚えていることは、その時の僕の年齢が間違いなく十代であり、聞いた瞬間とても複雑で寂しい気持ちになったことくらいだ。ただ、今の僕はなんとなくこの話を理解できる。ただ単に大人なったからという単純な理由では説明がつかない。体が、心が、脳が、必然的に理解しているのだ。


時間は戻らない。それぞれの時を、それぞれが生きているのだ。それは至極真っ当な事なはずなのに、僕は今の今までそれを上手く受け入れることができずにいた。一度距離をとった二人の時間はどうしようもない程に色褪せていて、さらに鈍い光が邪魔をして一瞬足りとも焦点を合わしてくれなかった。心の奥の、まだ奥の奥から生ぬるい感情がこみ上げてきた。それは行き場が分からず僕の体中を丹念に巡っていき、血液と混ざりながら徐々に濃度を下げていった。でも同時に僕は分かっていた。この感情が決して僕の体の外に出て行くことがないとうことを。

不安定な木曜日,ノムラカズユキ