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2012年11月7日水曜日

【取材:丹波】やまひで猪肉店の話③だからわしには師匠がおらへん

前回までの連載記事はこちら




第3話  だからわしには師匠がおらへん



ひとしきり僕は疑問に思ったことや聞きたいと思ったことはすべておっちゃんにぶつけた。


おっちゃんは威勢良く、腹から声を出して僕の一問一答にすべて答えてくれた。




おっちゃんは、もう少し若い頃は、よくワイヤートラップを購入した神戸のお客さんから電話が入れば、神戸に出向き、一撃でシシを倒し、その場で血抜きを行い、トラックに載せ、丹波まで帰ってきてさばいた話。昔は六甲山でたくさんシシが獲れたそうだ。

「みんななあ、ワイヤートラップを山に仕掛けたものの、いざシシがかかったら仕留めれんわけや。人間はなあ、『待て』と言えば、大概待つんや。でもシシは待たん。それが恐いみたいやな。だから電話がかかってくる。ほな行かなしゃあないがな。そやろ?わはっはっはっはっはっ」




おっちゃんは、シシのさばき方を誰からも教わっていない話。

「わしはなあ、今こうやってシシをさばきよるけど、誰からもさばき方を教わっていない。すべて独学や。解剖学の分厚い本を何冊も買ってきて勉強した。解剖学の本にはすべてが載っていた。誰からも教わる必要がなかった。だからわしには師匠がおらへん。それでも今では関西のどの百貨店に猪肉を卸しても、あんたのさばいた肉が誰のよりも綺麗やと言われる。わしのさばき方は、マニュアルどおりのさばき方と全然違うんや。」





 そんな素晴らしい職人技をもつおっちゃんの後継者についての話。

「後継者はおらんなあ。息子ふたりは立派に他でがんばっとる。今の時代はすぐに人がなんでも教えてくれるやろ。会社員となれば、休みもきっちりあって、定時を過ぎれば残業代がきっちり支払われる。わしはそんな環境ではほんまの職人は育たんと思う。苦しい環境でも努力して、勉強して、それを続けれるやつがほんまもんになると思う。今はもうそんなやつ少ないんちゃうか。」





おっちゃんはお酒を一適も飲まない話。

「シシはなあ、いつ出てくるかわからん。真夜中であれ、家の裏の畑を荒らしに来てほんでワイヤートラップに捕まるかもしれん。そうなったらわしのところに電話が入る。仕留めに来てくれと。そんな時に酒飲んでたら向かえんやろ?もし酒飲んでても、もう(酒が)抜けた思って向かったら警察に止められたとなってみ?これまでの積み重ねてきた信用が0になる。そんな馬鹿なことはできん。だからいつでもわしは酒を飲まん。ただ、甘い物は大好きや。和洋関係なし。わはっはっはっはっはっ」




今こうやって2週間前のおっちゃんとの会話を思い出して書いているが、まったく色褪せず覚えている。

それだけ、おっちゃんの話は僕にとっては衝撃的で、そして神秘的だった。

もしかしたら、すごいことを教えてくれてるんじゃないかと思った。

冬に近づく丹波の山奥では、一人の職人が今も誰にも真似の出来ない技を静かに披露している。



鮮やかにナイフを動かしながらスジなどを取ってゆく

刃先は美しく研がれていた






つづく


ど田舎の水曜日,フジモトユウキ