ホームレスにアテられて
この夏、ぼくは人生初の「夏バテ」を経験した。
といってもそれは精確な表現ではなく、
夏の熱さにヤラられたのではなく、ホームレスという人間の存在に
アテられてのことだった、と自分ではそう思っている。
それは7月の中旬だったかに、友人コヤマに「これ知ってるか」といわれてみた
坂口恭平の動画がはじまりだった。
坂口恭平ってだれだよっていうとこんな人で
「新政府」初代内閣総理大臣というとてつもなく胡散臭い肩書きの人間。
友人コヤマに勧められたのはこの動画で
まぁ長いんだけどみてしまって坂口恭平関連の動画文章をネットで漁りまくって
いたら夜が明けて朝7時。それから3日間ほど動けなくなった。
正月以来かという連休をきっかりそのまま寝て過ごした。
変な動画みて寝込んだ変な人だと思われても嫌なので
ぼくはこれを「夏バテ」としたのだった。
「家なし」の放つ底知れぬ光
ぼくは家が好きで、というか家という空間が大好きで
家の間取りなんかみるのもたまらない。これは同意してくれる人もかなり多いと思う。
ぼくはそれ以上に部屋の模様替えがとにかく好きだ。
「これもしかして、趣味なんじゃないか?」と思うほうど好きだ。たぶん月一ペースでしている。
自分の空間をあぁだこうだ好き勝手いじくれることが楽しいんだと思ってる。
これは「空間を所有」している感覚がないと楽しめない。
自分の空間を所有している感覚
これがもうとんでもなく広いのが「家なし」だ。
先に紹介した動画で坂口恭平が言ってるけど、図書館を本棚といっている
そのセンス、感覚、もう、どうしようもなく、グッとくるんですよね。
それに加えて魅力に拍車をかけるのが、
家を持たない彼らがとにかく家を取り巻くインフラについてよく知っているという事だ。
なんでこの家はこの土地に建っているんだとかいうことにはじまり、
どうやってこのコンセントに電気はきていてガスはどこからどうやって、水道からはどこの水が、
なんてことは知らなくてもぼくらは生きていける。
だけどすべて自らの手で調達している「家なし」の人々はどこからなにがきているのか
詳細を精確にかはどうかわからないけど、どうやら知っているようだ。
知っていないと生きていけない、というか生きていると知ることになるのかもしれない。
まぁそのへんはよくわからないけど、とにかく知ってるみたいなんだ。
家を持っている(と思い込んでいる)ぼくは本当に何も知らない。
一日生きるのに必要な電気の量、そもそも電気をどうやって量るのかもわからないし、
家の電気が100ボルトで、車が12ボルトなんてことも知らなかったし、
いまもそれを知ったからといってなにがどうなのかさっぱりわかっていない。
水がどれだけ必要なのかというのも、「ある」か「ない」かしか知らない(供給停止されたことは幾度かある)ぼくには、さっぱり検討もつかない。
そんなこんなの理由でもって、ぼくは「家なし」に光をみてしまった。
ぼくはいまその輪に入るべく、昨日おとといから準備をはじめている。
ひとり歩きの火曜日,ツノダヤマト