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2013年2月28日木曜日

【小説】泡になりたい、君と。〈No.3〉

「もしもし」
僕は瞬時にその声で相手が誰だか分かった。
「もしかして、奈海(なみ)?」
「分かった?久しぶり。携帯番号あの時から変えてなかったんだ。」
とくにこれといって抑揚のない声、それでいて少し昔より疲れているような声で奈海はしゃべった。
「久しぶりすぎてびっくりするよ。どうしたの?」
「何かなきゃ電話しちゃ駄目なの?なんとなく久しぶりに誇生(かい)の声が聞きたくなったの。今電話して大丈夫だった?」
「大丈夫だよ。さっき仕事から帰って来てベッドに横になっていたんだけど全く眠気がこなくて困ってたんだ。」
「相変わらず私ってタイミングが良いのね。」
そう言って奈海は笑った。声はもちろんのこと、笑い方も十二年前と全く変わっていなかった。それがなぜか僕は嬉しく感じた。どんなに月日が流れても奈海の声は僕の心の奥に染みる。頭からつま先まで、奈海の声は僕の体の節々を刺激する。
「誇生って今何の仕事してるの?」
「今は予備校の教師をやってる。」
「そうなんだ。誇生は私と違って頭良かったもんね。」
少し嫌味っぽく言う奈海も変わっていなかった。僕が得意なことや自慢げな話をすると、少しはにかみながら嫌味な言葉を返してくる。僕と奈海の会話のパターンだ。懐かしさが自然と込み上げてきた。
「奈海は今どうしてるの?」
会話の流れに身を任せ、僕は何気なく聞いてみた。
「今はどこにでもいるような平凡な主婦をやってる。」
そうなんだ、と言った瞬間自分の声が沈んでいることに気付いて少し気恥しくなった。奈海のことなんてもう少しもひきずっていないと思っていた。別れた後は結構長い間ひきずっていたのは事実だ。だけどもう自分なりに整理できていたし、もちろん奈海と別れた後に何人かの女の子とも付き合った。それなのに、それなのに奈海から結婚しているということを知らされた瞬間に声のトーンが不覚にも下がってしまったのは、電話がかかってきた瞬間にくだらない期待をしていた自分がいたからなのだろうか。
「子供が二人いるの。5歳と2歳で二人とも女の子。ねぇ、私が結婚してるってことショックだったんでしょ?」
「少しね。」
と言って僕は笑った。奈海にかなわないことくらい知っているから、仕方なくそう言った。