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2013年5月9日木曜日

【小説】泡になりたい、君と。〈No.11〉


僕は結局家を飛び出した。一人暮らしをしているのでおそらくそれを家出と呼ぶのは適当ではないだろう。しかしなんにせよ僕は家を飛び出した。きっと衝動的に、僕の心が、僕の心臓が、僕の血がそうさせたのだ。僕は何も悪くない。特に意識はしていなかったが、時刻はちょうど11時だった。素敵な時間である。


空は宇宙まで見えるかのように透き通った快晴であった。初夏のまだ心地良い風を僕は飲み込み、吐き出した。僕は自分の生を確かめるようにそれを何度も繰り返し、透明な異物を体の奥深くに擦り込んだ。駅はいつも通りの様相で、僕もまた表向きには社会の中に溶け込む普通の人間を装った。もちろん乗る電車も決めていない。だから来た電車に乗る。そして受動的に座席の上で揺られる。今の所この旅は順調そのものだ。僕は胸の奥から期待という感情の類であろうドロドロとした何かを感じた。宛もなく彷徨う旅が今、始まったのだ。



平凡な景色も車窓というブランドを持てばなかなか捨てたものじゃない。ただ座席の上に座っているだけなのに僕は物理的に移動している。果たしてこの移動が実質的な前進なのか後退なのかは今ここで断言はできない。しかし少なくとも11時にいた場所に僕はもういない。時間が流れるように僕という体も空間を移動しているのだ。アナウンスが次の停車駅を機械的に告げる。徐々にその声が遠くなるのが自分でも分かった。それでも僕は眠りの方を選択肢として選んだ。どこまでも僕は行くのだ。どこまでも、行ってやろうじゃないか。



不安定な木曜日, ノムラカズユキ