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2012年7月5日木曜日

【エッセイ】部屋について

僕はビールを呑むとよく思い出に浸る。
思い出すことは山ほどある。
無くなることは、恐らくない。だから、良い。





ここ最近、星の数ほどある思い出の中で特に思い出すことがある。




「部屋」である。



部屋に思いを馳せることが多い。




最近職場の先輩が転勤し、引越を目の当たりにしたことが、
もしかしたら影響しているのかもしれない。







部屋について







いつからか僕は自分の部屋を手に入れ、
自分だけの空間を構築し、
永遠を手に入れることなく手放し、
また手に入れてきた。





決して僕はインドアな方ではないと思う。
それでも、引越の時は涙が出るほど悲しくて辛い



今日も缶ビールを3本空けた頃、過去の部屋に思いを馳せていた。
大学時代にお世話になった部屋である。
正に苦楽を共にした部屋である。



幸か不幸か、その部屋を出るときの日記を見つけることができた。
4本目のビールを冷蔵庫から取り出し、文章に目を走らせた。




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2010年5月30日



一つの物語が終焉を迎えようとしている。



僕は大学に入学してから3年と少しを過ごしたこの部屋を出る。
引越してきた時は家の軽自動車一台で荷物を持ってくることができた。でも帰る今度はトラックを借りないと一回で運べない程にまで荷物が増えていた。知らぬ間に所有物というものは増えるものなのだ。



関西スーパーからかっさらってきたダンボールに所有物を無理やり押し込みながら僕はここで過ごした3年と少しを思い出した。順番に一つづつ、それはそれは丁寧にとり行う。なぜならむさ苦しい程までに僕にとってどれも愛着があり、異常なまでの執着がある価値ある経験だったからだ。



悲しいことが一つある。思い出ではない。立ち会いの後、二度とこの部屋に入れなくなることだ。僕が出て行くと鍵の形を変えられ、壁紙を根こそぎ剥がされるに違いない。僕だけの思い出の部屋、この空間は時の流れから逸脱し、意に反して強引に抹殺されるのだ。もうこのアパートの202号室は僕のものではなくなるのだ。そしてやがていつかは見知らぬ誰かの手によってこの空間は全く新たなそれとして築き上げられるのだろう。僕が3年と少しをかけて無意識にそうしたように。



僕は思わず外に出た。ただ新鮮なリアルである空気を肺に送り込みたかったのだ。
意外にも出迎えたのは冷気であった。
どうやら外は5月の終わりにしては3月の匂いが混じりすぎているようだ。
そしてこれも一つの思い出になるのか、と思った。



僕はそれ以上何も考えず、部屋に戻ってダンボールに荷物を詰め込む作業に意識を集中させた。



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恐らく、いや間違いなく、僕が住んでいたあの部屋には今、別の誰かが住んでいる。
賃貸アパートなのだから当たり前のことである。
出ていく人がいて、入居者がいて、その繰り返しである。


繰り返し…


宿命である。



でもたまに、あの部屋へ無性に帰りたくなる時がある。
あの時間、あの瞬間の、あの部屋に。






ご存知のように僕は今、福井という所に住んでいる。
なんてことのない日常を謳歌している。
毎日のようにアホほどビールを飲む日々。



でも、どんな日々でも必ず貴重な瞬間はある。



あなたは今、どの部屋に帰りたいですか?


muffのノムラでした。




不安定な木曜日,ノムラカズユキ