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2013年4月11日木曜日

【小説】泡になりたい、君と。〈No.8〉

「なんか、あったろ?」
バンタロウは不吉なほどに満面な笑みを浮かべて僕に問いかけた。


僕はその不吉なほどに満面な笑みを横目に見ながらビールに口をつけた。
「やっぱり。」
バンタロウはこれまでか、というくらい顔をしわくちゃにしながら僕の眼球を覗きこんだ。
「お前は核心をつかれるとビールに口をつける。大学に入学した頃と本当に何も変わってないな。お前にとってビールは逃げ道になっている。」
僕は彼の言葉を飲み込み、そしてビールに口をつけた。そして思わず笑ってしまった。僕は確かに核心をつかれるとビールに口をつけていたからだ。ビールに口をつけるという動作に空間の歪みを創りだし、僕は自分のふがいなさを隠そうとしていた。


「バンタロウ、お前はすごい。僕の全てを理解している。理解どころか認識している。」
僕は咄嗟に言葉を返した。


「ビールは味わうもんだろ?」
バンタロウは続けた。
「俺はお前に出会ってビールの味わい方を知ったんだよ。なのに場つなぎにビールを飲むなんて辞めてくれ。」


僕はバンタロウに昨日の夜、奈海から電話が来たこと。そして奈海が結婚していたこと。奈海に子供が二人いたこと。二人とも女の子だったこと、全てを包み隠さず話そうと思った。もちろんバンタロウは僕が昔、奈海と付き合っていたことも知っている。僕はバンタロウに全てを話すことを決意し、今度は前向きにビールに口をつけた。そして、僕はバンタロウの方へ顔を向けた。バンタロウは嬉しそうにこっちを眺め、僕が口に含んだビールが胃袋に流し込まれていくのをただただ待っていた。


「昨日の夜、久しぶりに奈海から電話があったんだよ。」
僕はビアグラスをテーブルに置くか置かないかの微妙なタイミングで口を開いた。

不安定な木曜日, ノムラカズユキ