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2013年4月4日木曜日

【小説】泡になりたい、君と。〈No.7〉


僕が一杯目のビールを飲み干し、二杯目のビールを頼もうとした時、彼はやってきた。
「マスター、ビールを。」
そう言って彼は僕の横に座った。
「よう、誇生。人生はどうだ?」
人生はどうだ。それが彼の口癖であり、いつも僕を見るなりそう声をかける。
「安定そのものだよ。」
僕はいつも通り返答し、二杯目の注がれたばかりのキンキンに冷えたビールに口をつけた。


彼は僕と全く目を合わせないまま、短いため息をつき、これまた注がれたばかりのキンキンに冷えたビールに口をつけた。一口目でグラスの半分程を一気に飲み干し、そしてビールの味に思いを馳せるかのように遠くを見つめ、ゆっくりと目を閉じた。彼もビールには目がない。


彼との付き合いはかれこれ10年程になる。名前は神田判太郎(かんだばんたろう)といい、皆からバンタロウと呼ばれている。バンタロウと僕は大学で出会った。僕らは東京にある私立大学に通っていた。僕が教育学部でバンタロウは国際関係学部だった。僕らは入学式の席の配置がたまたま隣合わせであり、お互い大学生になって初めて話しかけた者同士であった。話しかけた時はお互いに同じ学部でこの大学四年間もずっと一緒に過ごすのだろうと思っていたが、蓋を開けてみるとたまたま僕とバンタロウが学部の境目の席に座っていただけであって、僕らは違う学部で大学で学ぶ内容も似ても似つかぬものだった。ただ何かしらの縁があり、入学式の後もお互いによく飲みに行った。そして二人とも地元が大阪ということで僕らは大阪で就職活動を行い、大阪で就職した。僕は中堅の予備校に就職し、バンタロウは大阪ではそこそこ名の知れたメーカーに就職した。そしてお互い何も意識してなかったが、たまたま勤務地が近く、同じ駅を利用するため社会に出てからもよく顔を合わすようになった。そして気がつくとこうして路地裏のBarが僕らの居場所になり、週に一度はバンタロウの顔を拝んでいる。なんとも不思議なものだ。あの入学式の日に、お互いが意識せず学部の境目に座り、そして声をかけ合って今がある。これが人生だよ、といつもバンタロウに話しそうになるが、なぜかそれを口に出す気分にはなれなかった。そしてそれも人生だ、なんて自分に言い聞かせているのだ。


今日も路地裏のBarはゆっくりと時間が流れている。店内は風という風が存在しない。あくまでもペースは僕らに委ねられている。バンタロウと僕、マスターのカゲロウさん。そこには間違いなく世の中の流れを逸脱した世界がある。僕は静かに三杯目のビールを注文し、バンタロウは穏やかに二杯目のビールを注文した。カゲロウさんはにっこりほくそ笑み、ただ黙って頷いた。

不安定な木曜日, ノムラカズユキ