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2013年5月23日木曜日

【小説】泡になりたい、君と。〈No.12〉

ここは夢の中なのだろうか。心なしか空気の濃度がいくぶん薄い気がする。体全体がほんのりと温かい。思考は完全に停止したはずなのになぜか意識が体中を巡っている。これは気のせいなんかじゃない。夢の世界と現実の世界、その挟間にいるような感覚が僕を襲う。どうやら僕はこの世界でも電車の中にいるようだ。しかし現実の世界で乗っていた電車と違っているのが分かる。窓の外の景色がまるっきり違うからだ。光加減から判断するとどうやら夕方ではなく朝方のようだ。そして僕は座席に座っていたはずなのに吊皮を握って立っている。やけに電車が混んでいることと、外の明るさから判断を下すと僕は今、朝のラッシュで混んだ電車に乗っている、ということになる。とりあえずもっと状況を正確に把握しようと思い、辺りを見回した。高校生、大学生、OL、会社員、どこにでもあるありふれた日常の一幕である。僕はその人たちを観察していく途中で、乗客たちの中で一人だけ見覚えのある女性の顔を発見した。彼女は間違いなく違ったオーラをまとっており、そのオーラには懐かしさの類の香りを醸し出していた。


それは、間違いなく彼女であった。


当時の、彼女であった。


僕は耐え難い喉の渇きで目を覚ました。ただの渇きではない。全身がビールを求めていた。僕は無性にキンキンに冷えたビールを飲みたくなった。


不安定な木曜日, ノムラカズユキ